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<title>創医塾京都の実績</title>
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<title>これで受験は最後にすると決めてからの強さ</title>
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医系予備校Fで複数年、医系予備校Kで1年間浪人。私立大1校で1次合格するも繰り上げなし。当初はもう1年Kで浪人するつもりで勉強をスタートさせたが、Kでの指導の在り方に疑問を持ち、個人の性格や力量に合わせた指導を求めて創医塾京都に入塾。Eくんは高校時代クラブ活動に専念していてほぼ全く受験勉強をしておらず、浪人はゼロからのスタートだったそうです。医系予備校Fで基礎から勉強を始めましたが複数年通ったものの一定レベルから成績が向上せず、Kに移りました。しかしお仕着せでがんじがらめの勉強で結果は思わしくなく、一度は「もう1年」と考えたものの、我慢して同じ予備校に通うよりは、と創医塾京都に入塾しました。創医塾京都では苦しいことから逃げる性格を改善すべく面談を繰り返し、「逃げられないから大変だ」と愚痴を言いながら前向きに頑張りました。金沢医科大学進学これを最後の受験にする、と決めてからEくんの姿勢は変わりました。入塾までに身についてしまった「逃げ癖」から脱するのは大変だったと思いますが、最後の年に見事合格を手に入れました。「創医塾では逃げられなくて大変でした。でも僕が納得するまで面談をしてくれたり、僕の性格をつかんで本気で指導してくれたので、大変でしたが苦しくはなかったです。」と言ってくれたことが印象に残っています。
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<link>https://souijuku.kyoto/work/detail/20220727161835/</link>
<pubDate>Sun, 11 Aug 2019 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>多浪の癖を修正し大阪医大合格</title>
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様々な事情で医系予備校M、大手予備校Kで浪人年数を重ねる。創医塾京都にレギュラー生として入塾するまで私立大の1次合格もなし。国公私立大併願が基本だったが、創医塾での1年で合格するなら、ということで私立大に重きを置くことを確認して入塾。Sくんは創医塾京都に合計2年在籍しました。1年目は大手予備校Kに通いながら個別生として授業を受けていましたが、Kでの授業と創医塾京都の学習計画がうまくかみ合わず、その年の受験は失敗してしまいました。多浪であることから創医塾京都で浪人生活に終止符を打とうとレギュラー生として再入塾。多浪で身についてしまった癖を修正しながらの勉強は大変だったと思いますが、年下の同級生たちと切磋琢磨する1年を過ごしました。大阪医科大学進学私立大対策に比重をかけた結果センター試験で若干失敗し、狙っていた国立大は合格に至りませんでしたが、私立大は3校に合格。最後と決めた年に結果を出すことができました。仲間と一緒に過ごした1年を振り返って、「受験は孤独な闘いではなかった」と言ってくれたのが大変うれしかったのを思い出します。
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<link>https://souijuku.kyoto/work/detail/20220727180619/</link>
<pubDate>Thu, 01 Aug 2019 00:05:00 +0900</pubDate>
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<title>3浪で関西医大に見事合格</title>
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現役時は大手医系予備校M、浪人1年目は大手予備校Y学院に在籍。浪人2年目は宅浪し、3年目に創医塾京都に。基本的なことは押さえられているがパターン学習に終始していたせいか本質が理解できていなかった。また、宅浪で変な癖も身についていた。高3でM、1浪目にY学院と大手予備校に通ったTさんは「予備校に通ってどこにも通らないなら自分で勉強する。あれくらいの勉強なら自分でできる」と2浪目は宅浪を選択。それでも結果が出なかったことから創医塾京都に入塾しました。入塾後は本質的な理解を目指す数学と物理に目覚め、持ち前の明るさで3浪目を乗り切りました。国公立大と私立大を併願していましたが、センター試験の対応力にやや難があったので私立大に重きを置いて学習計画を立て、スタッフ全員が絶対に合格させると誓ってフォローしました。関西医科大学進学センター試験でミスをしてしまい、国公立大は不合格だったTさんですが、私立大は3校に合格。京都での一人暮らしは苦労もあったと思いますが、日々楽しそうに過ごし、その裏でしっかり勉強している姿が印象的でした。「あんな授業でよくMやYは授業料取ってたなあと今なら思う」と話していたことを思い出します。
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<link>https://souijuku.kyoto/work/detail/20220727180905/</link>
<pubDate>Thu, 01 Aug 2019 00:04:00 +0900</pubDate>
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<title>1浪目に大手予備校で全落ち</title>
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大手予備校Sで1年浪人、国公立大も私立大も不合格になり創医塾京都に。自分の勉強の仕方にこだわりがあり頑固なタイプだが、一方で浪人しての「全落ち」で自信を失っている状態だった。Tくんは大手予備校Sで1年を過ごしましたが、センター試験の得点率が現役時と同じで伸びておらず、何校も受験した私立大が全て一次落ちだったため、これ以上大手予備校にいても結果は出ないと見切りをつけて創医塾京都に入塾しました。入塾後は国公立大を目指しながらも今年でケリをつけるのだという決意の元、私立大対策も計画を立てて十分に行うなど講師やSSの激励を受けて努力していました。大阪医科大学合格センター試験に不安があり私立大に絞った方が良いと本人も理解し、私立大対策を万全に行いながらも「国公立大の夢を捨てさせないでください」と言っていたTくん。結果的に私立大は5校に合格しましたが国公立大は不合格でした。それでも「地方国公立大なら関西圏の私立大に進学したい」という当初の希望を叶え、満足して大阪医科大学に進学しました。
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<link>https://souijuku.kyoto/work/detail/20220727181705/</link>
<pubDate>Thu, 01 Aug 2019 00:03:00 +0900</pubDate>
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<title>滋賀医科大学合格</title>
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・大阪の私立高校出身
・大手予備校Sで１年浪人国公立大医学部不合格大手予備校Sで１年過ごしたFくん。第一志望の国公立大医学部が不合格になり、Sでの１
年を振り返って「予習して、授業を聞いて、復習して、の毎日で実力が蓄積された実感が
ない」と思い至り、「しっかりした学習指導と質問対応、的確な入試情報を基にした受験
計画が欲しい」と創医塾京都に入塾しました。入塾後は講師陣の体系的な指導とSS陣のフ
ォローで順調に実力を身につけていきました。過重な勉強量を課したり精神的負担をかけ
たりしなくても講師やSSと一緒に前向きに努力する姿が印象的でした。Fくんは私立大医学部３校合格の後、第一志望だった滋賀医科大学に合格しました。受験
期に入ってから、そして合格後に言っていた「あの浪人１年目は何だったんでしょう」と
いう言葉を今も覚えています。
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<link>https://souijuku.kyoto/work/detail/20220727182047/</link>
<pubDate>Thu, 01 Aug 2019 00:02:00 +0900</pubDate>
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